グレシャムの法則とアルコホリクス・アノニマス その2

 

グレシャムの法則とアルコホリクス・アノニマス

その2

 

Tom P. Jr.

 

 年月が経つにつれて、ストロングAAのアプローチと、ウィークAAのアプローチ(責任回避的で、プログラムを骨抜きにした、逃避・希釈型)、それぞれの受け止められ方がAAのなかで変わっていった。

 初期のころは、ウィークな逃避・希釈型AAメンバーたちは、彼らの異端なやり方を弁護し、褒めなければならないと感じていたし、さらにはストロングAAたちを、やや厳しすぎて、聖人ぶっていると責めたりもしていた。一方、ストロングAAたちはもっと余裕があり、寛容で、騒ぎ立てたりせず、弁解もしなかった。彼らストロングAAのやり方は、より多くの薬を飲む、つまり、より積極的に回復のために行動するというものだったので、結局、明らかに安全だったのだ。そしてそのやり方とは紛れもなく、ビッグブックに当初から書かれている文章のとおりだったのだ。

 しかしながら、ストロングとウィークが併存するというこの状況は、他の様々な異端的な考えややり方も許容するということにつながってしまった。その中で一番声が大きかったのはウィークAAたちだった。そしてこの人たちはニュー・カマーに最も大きな影響を及ぼすようになった。逃避・希釈型AAは多勢、主流となった。ストロングAAは、常にではないが多くの場合、つまらなくて古くさいやり方とみなされるようになった。

 逃避・希釈型AAたちはある意味、ビルと最初の100人の仲間たちは間違っていると証明した。12ステップを紹介する文章の中に、以下の文言がある。「もっとやさしい楽なやり方が見つかるかもしれないと考えた。だが見つからなかった」。これは全てのステップをおこなう必要があることを明確に示している。しかし、逃避・希釈型AAたちは全てのステップを実践せず、そして同時に、ソーバー(断酒)でいられたのだ。彼らはやさしい楽なやり方を見つけたのだ。人間の本性からすれば、より簡単で弱いやり方が人気を得て、昔ながらのより厳格なやり方は衰退していくのは、当然のことだった。やらなくてもいいのなら、より大変なやり方をしようなどとは誰も思わない。オートマチック車が100ドル安く手に入るのに、わざわざマニュアル車を運転しようなどとは誰も思わない。

 全てのステップを実践し、あらゆることにおいて厳しい正直さを実践することの重要さは、口先だけではまだ言われていた。しかし、実際はというと、少数の希少なAAたちが真剣にそして継続的にこれらのことを毎日実践しようとし続けたが、フェローシップのなかでソブラエティを得てからは数か月後にはやめてしまった。

 より低い、より「ふつう」のレベルのことをやろうとするのが一般的になった。ストロングAAを実践し続ける人たちは、自分たちがどうやっているかをミーティングの中で話す際には注意しなければならなくなった。多くの場合、神に関する話をまじめにしたり、たくさんするのは良くないと思われるようになった。罪の告白、償い、厳しい正直さといった話題もはばかられるようになった。就職、所得申告、仕事のこと、性に関することといった難しくてセンシティブな領域では特にそうだった。

 しかし、もしウィークAAが効果的ならば、つまり、それが回復をもたらすものならば、ウィークAAで回復すればいいではないか。異端が正統にまさるということなのではないか。ストロングAAを実践するという面倒なことをどうしてわざわざやらなければならないのか。

 実際はというと、ウィークAAはほとんどの場合、効果がない。ウィークAAからは、ストロングAAがもたらすような生き様の深い変容は得られない。ウィークAAでは、ほとんどの場合、アルコホリクの生き方をやめるまでには至らない見せかけの回復の効果は継続せず、遅かれ早かれ飲酒してしまう。ウィークAAが継続的なソブラエティを生まないので、継続的ではないがとりあえずソーバーなAAたちは、うつ状態、不安、恨み、絶望の生き方へと徐々に落ちていく。ただのドライ・ドランクたちはみんなそうなった。

 当初のAAたちが目指していたもの、彼らがプログラムで目指していたものは、単なるソブラエティではなかった。単にソブラエティを目指すことは常識的なやり方ではあるし、賢く、合理的なレベルの願望だ。しかし、AAの創設者たちは、非常識な考え、インスピレーション、霊的なガイダンスに突き動かされたのだ。彼らは、常識的なやり方というのは150年以上も試されたことを知っていたし、彼らの時代においてもあらゆる場所で失敗に終わってきたことも知っていた。酔っぱらいが単なる節制を目標にしても、つまり「ちゃんとして、意志の力で、酒をあきらめる」ということを目指しても、絶対にうまくいかないということを彼らは知っていた。回復を目指す哀れな人は、あっという間に飲酒に戻っていくのだった。

 AAを生んだ偉大な発見というのはこうだった:アルコホリクは、節制以上の、ある状態へと変容しなければならない。真の霊的変容を経なければならない。神との全く新しい関係を得なければならない。そののちに、永続的な節制が、神の恵みかつ救いとして、自動的に生じるのである。それがビルに起きたことだった。そしてドクター・ボブにも起きたことだった。最初の100人のメンバーに起きたことだった。ビッグブックの著者たちは、それは誰にでも起きるはずのことだと知ったのだった。

 もとは、12番目のステップはこう書かれていた:「これらのステップを経た結果、私たちは霊的体験をして、このメッセージをアルコホリクに伝え、そして私たちのすべてのことにこの原理を実践しようと努力した」。2つの重要な文言は「霊的体験」と「これらのステップを経た結果」であった。つまりこういう前提だ:霊的体験がなければ、回復もない。また、ステップ実践から得られる結果は、色々なバリエーションがあるわけではない。結果はひとつであり、その唯一の結果とは、霊的体験なのだ。初期のメンバーたちにとって霊的体験とは、神が自分の人生に直接じかに触れ、人生が反転するということだった。

 1939年にプレーン・ディーラー紙が記事を掲載した時、そして1941年にアレクサンダー氏による記事がポスト紙に掲載された時、大転換が起きた。AAの誰も、その時に大転換が起きていたことを気づいてはいなかったし、現在に至っても、その時に起きたことというのは、AAのなかで全く認識されていない。大転換というのは、回復の原理と回復のフェローシップにそれぞれ与えられた役割の重要性だった。

 1939年まで、AAは小さな無名の組織で、その成功率は素晴らしかったが、少数の人たちが使ってきただけだった。まだ時の試練を経てはいなかった。集まりは始まったばかりで、回復の途上にあるアルコホリクたちは互いに助け合い、密接な交わりのなかで実践した。しかし、原理こそが生き方を変容させる最重要の装置だった。集まりは大規模ではなく、組織的ではなく、その代わり、ステップを真摯に実践することに注力していた。

 しかしながら、AAが大規模な組織になり、全国的にその成功が知られるようになった後、原理との新しい関係というものが生じた。それは、かつては考えられもしなかったものであり、創設者たちが予見できなかったものだった。いまや、アルコホリクがミーティングに来て、真の霊的変容を経ることなく、真似事によって、ソーバーになることが可能になった。それは猿真似のやり方でしかなく、霊的なものではなかった。

 真似事による回復とはこういうものだ:AAに参加する時、ニュー・カマーはエルクとかキワニスといった大規模で成功した組織に入る。このクラブの習慣のひとつは、飲まないということだった;だからもしニュー・カマーがAAで出会った人たちが気に入って、彼らと付き合いたければ、飲酒をあきらめた。そのニュー・カマーはAAミーティングに参加し、AAの人たちが自分の社会生活の中心になり、娯楽の相手になった。そして断酒した。

 この非霊的な回復のやり方は公認されているわけではない。その代わり、フェローシップの創設者たちは「霊的」の意味を拡大しようと試みた。それは以下の2種類のアルコホリクを共存させるためであった:(1変容によってソーバーになったアルコホリク。ステップを実践した結果、霊的体験を得て、人格が変容し、新しい生き方と考え方を真摯に実践する人たち、(2真似事によってソーバーになったアルコホリク。AAに来る以前と本質的には同じタイプの人間であり続ける。変わったことは、新しい組織に入ったことと、新しい友達ができたことと、新しい社会生活を守るために飲酒をあきらめたことだけ。

 ビッグブックが1939年に出版されて以降、12ステップのなかで変えられた言葉はたったひとつである。その言葉は12番目のステップの「霊的体験」である。私のホームAAグループのメンバーで、1941年にAAの集まりに初めて参加した人はこう言う:「私が初めて参加した時、彼らはまだ『霊的体験』の話をしていた。12年後、彼らは『霊的目覚め』と呼ぶようになった」。12番目のステップが「これらのステップを経た結果、私たちは霊的に目覚め、・・・」と公式に書き換えられたのはこの時だった。霊的体験という言葉は、集まりが小さく、明確に変容を志向していた初期のころには完全に受け入れられていた。しかし、AAの主流となりつつあった、生き方の浅い変化のみを得る真似事志向のAAからすると、霊的体験というのはとても狭隘(きょうあい)で有害なものに見えた。

 ビッグブックには以下の解説が追加された:

 

本書には随所に「霊的体験」、「霊的目覚め」といった言葉が出てくる。注意深い読者にはそれが、アルコホリズムからの回復をもたらすに十分なほどの人格の変化が、私たちのなかにさまざまなかたちで現れるのを意味していることがおわかりかと思う。

それでも、本書が最初に出た時、こうした人格の変化、あるいは宗教体験は、何かしら急激で劇的な大変動に違いない、といった印象を持たれた読者が多数おられたのは事実である。幸いなことに、この結論は誤っている。

本書の最初の数章に、突然の、天地がひっくり返るような変化が何度か語られている。そういった印象を与えるのは私たちの意図ではなかったのだが、多くのアルコホーリクが、回復するには急激で圧倒的な「神意識」に包まれ、そしてすぐにその精神も、ものの見方も大きく変わらなくてはならないと結論したのだ。

急速に増加している数万人のメンバーのなかには、こうした急激な変化が起こることも決して珍しくはないが、それはむしろふつうではない。ほとんどの場合は、心理学者ウィリアム・ジェイムスがいう「いろいろな教育的なかたち」であり、これは時間をかけてゆっくりと起こるものだ。新しくAAにやってきた人が、自分で気づくよりもずっと早く、まわりの友人たちがその変化に気づくことがよくある。しまいに本人も、自分の人生に対する態度が根本から変えられていること、またそうした変化は決して自分だけの力でもたらされたものではないことに気づく。何年もの間、自己を鍛錬してやっと得られたようなものが、ほんの二、三か月で現れる。私たちの仲間は、ほとんど例外なく、自分が思いもよらぬ内的な資源を掘り当てたことを知る。これが、彼らがそれぞれに理解した「自分より偉大な力」と呼ぶものである。

この、自分より偉大な力への気づきが霊的体験の本質なのだと、私たちの多くは考えている。信仰があついメンバーは、これを「神意識」と呼んでいる。

私たちが何よりも強調したいのは、どんなアルコホーリクでも、こうした霊的な概念に対して心を閉ざさずに、自分の問題に正直に直面することができれば、私たちの体験に照らして回復できるということである。障害となるのは、不寛容で、攻撃的な否認の態度だけだ。

このプログラムの霊的な部分でつまずくことはまったくない。意欲と、正直さと、開かれた心とが、回復に必要な核心である。これらなしに、回復はありえない。

 

上記の文章と、ビッグブックの第5章で12ステップを紹介する文言とを比較すると、語調の違いは明白である。第5章では、プログラムのゴールは神へ捧げた生き方であり、その方法は完全に霊的なものであるということがはっきりと主張されている。後年に追加された解説では、初期の頃の厳しさと神に奉献する喜びから大きく後退している。解説の目的は、AAでの回復に伴う霊的変化は、突然の地殻変動のようなかたちである必要はないということを読者に教えることが目的である。それは必要なことであり、よく説明されている。

しかし、さらに次のことが伝えられている:それは、霊的なことはプログラムの本質ではなく、意欲・正直さ・開かれた心だけが必要だということだ。これは直接的には書かれていないが、明白な、強い、疑いようのない示唆である。そして、宗教・霊的体験に関するあらゆることを、間接的に、自己防衛的に、そしてほとんど弁解するような語調で書いている。この考えをビッグブックに組み込んだ人たちは、AAが求める程度の霊的レベルに引き下げることで、霊的な問題に対処した。AA初期の頃は、このような変更は誰もしようと思わなかった。しかし、この人たちは実際に変更をし、またしなければならないとさえ思った。いまやAAは大規模になり、社会的にも認知され、合理的な組織であるという評判を得ていたからである。

12番目のステップの書き換えとビッグブックに解説を追加するに至った時のAAの状況というのをまとめると、以下のようになる:

「いまやAAでは、2つのやり方のいずれかで回復することができる。1つ目のやり方とは、オリジナルの霊的体験のやり方であり、全てのステップを実践することで回復する。2つ目のやり方は、ステップの一部のみを実践し、AAの仲間との関係であるフェローシップに依存するものである。この2つ目のやり方は、強力な霊的体験をもたらさない。また、個人よりも原理を優先すべきという伝統にも反している。しかし、それには以下のような良い点がある:全力でやる必要がなく、労力もあまり要らない;生き方を変える必要があまりない;多くの場合、継続して断酒するには、このやり方だけで十分だということも分かっている。」

このことは解説のなかでは説明されていないが、霊的体験から霊的目覚めへの書き換えによって、変化がもたらされるというのは実際どういうことなのかは曖昧になり、誰にもわからなくなってしまった。

意図的に欺いたというわけではない。2つのやり方があり、それらには大きな隔たりがあるということを見誤ったために生じた間違いなのである。母親が子供の成長に伴う変化に気づかないように、ある傾向を見誤ってしまうというのは起こりうることだ。しかし、論争を避けようとしたために、AAのなかの分断を直視しようとしなかったのは事実である。

オリジナルの厳しく強いAAプログラムのやり方は、霊的変容の急進的なプログラムに新しいメンバーを放り込むものである。過去においてもそうだったが、このやり方を好んだ人たちは多くない。もしオリジナルのやり方が唯一の方法だったとしたら、AAが現在のような規模にまで成長することはなかっただろう。

しかし、弱いやり方には、もっと深刻な欠点が内在している。このやり方は比較的表面的な生き方の変化をもたらし、それは一部のアルコホリクを断酒させるだけの効果がある。大部分の人にとっては、このやり方は不適切で、効率的ではなく、そして効果がない。この状況は「ハード」なケースとって特にそうである。その人たちは、AAのミーティングにたどりつくまでに、身体的にも精神的にも相当にやられているか、アルコホリズムに加えて薬物、セックス、犯罪傾向や精神疾患などの問題がある。

ウィークAAのやり方は、「スリッパ―」と呼ばれる大勢のAAたちには全く効果がない。この人たちは、AAに集まって、しばらく断酒するが、何度もリラプスして飲酒するというパターンを共通してもっている。スリッパ―たちは一般的に、原理、特に厳しい正直さを実践する気がないか、できないアルコホリクである。ウィークAAはこういう人たちの多くには効かない。このやり方ではソーバーで居続けられないのである。

だが、もしこの「ハード」ケースたちが、ストロングAAのみ実践されているグループを見つけられたとしたら、彼らの多くは永続的なソブラエティを手に入れることができる。ウィークAAにはもっと狡猾な危険も内在している。12ステップを希釈したやり方で得る「回復」は、ほとんどの場合、長期間持続しない。最初の頃は楽しいソブラエティをやさしい楽なやり方で維持できるように思われたが、時間が経つにつれ、心の平安と幸福感はどんどんなくなっていき、ついには全く気力がなくなり、絶望的な惨めさを抱えるようになる。最終的にはアルコホリズムへと戻ってしまうか、緊張、恨み、抑うつ、脅迫的セックスなどの不毛さを抱えつつ、持続しない節制の生活を送ることになる。いずれにしても、AAプログラムの実りを得られないのである。つまり、回復できない、ということである。

現在のAAには2つの憂慮すべき傾向がある。ひとつは、全体的に回復率が低いことである。最初の25年間、AAの回復率は平均75%だった。AAに来たアルコホリクの50%はすぐに断酒し、そして継続できた。25%は、しばらくは断酒に苦労したが、最終的には永続的に断酒した。残りの25%は全く回復しなかった。

AA本部がAAの公式文献で75%の回復率ということを言わなくなった時期があった。1968年、AAのゼネラル・サービス・ボードが、回復率67%という調査結果を公表した。AAが大きくなり、そして年月が経つにつれ、効果は4分の3から3分の2へと低下したことを示している。

2つめの傾向は統計的に示されてはいないが、AAの状況を注意深く見ている人はよくわかっているはずである。AA共同体の年数が経つにつれ、オールド・タイマー(10年以上ソーバーのアルコホリク)たちが増えた。AAでの回復に持続性があるかがますます問題になった。残念ながら、オールド・タイマーたちはソブラエティ以外のところに楽しみを求めた。彼らの多くは、アルコールなしの生活に刺激をもたらす方法を探し回り、おかしな宗教、ポピュラー心理学、幻覚剤や大麻、精神安定剤、向精神薬などの物質に依存するようになった。さらに多くが、飲酒に戻るか、うつ状態で敵意に満ち、何らかの異常な行動をするか、絶望的な倦怠感を持ち続ける状態となった。

これらはいずれも避けられたことだ。回復率の低下とオールド・タイマー症候群には複雑で革新的な解決策が必要なわけではない。答えは、オリジナルのストロングAAへの回帰にある。ビッグブックを書いた人たちは正しかったことが証明されたのだ。やさしい楽なやり方は本当にないのだ。プログラムにフルコミットするのは多大な労力がいるが、それは大きな報いをもたらす。ソブラエティをゴールにしないからこそ、ソブラエティが楽しいものとなる。

アディクトになった人たちの多くは、尽きることのない幸福を求めている。私たちは、霊的体験でのみ得られることを、ボトルに求めた。AA12ステップは本物の霊的体験への実効的なガイドラインであるので、AAははじめのうちは効果があった。霊的原理を部分的に実践する人と全く実践しない人は、本物の霊的体験をした人たちからその体験の強さを聞き、それに寄生することでAAはしばらくの間成長することができた。

しかし今や、寄生虫は宿主を食い尽くし、寄生する意味がなくなった。

オリジナルのやり方、プログラムを完全に忠実に実践するやり方に回帰せよというのは、既に時遅しなのかもしれない。しかし、フェローシップにはまだたくさんの仲間がいるのであり、もし私たちの多くがこの危機的な状況を、個人としても共同体としても認識するなら、大改革は可能である。私たちがやるべきことは明らかだ。それはビッグブックの最初の7章に書かれている。特にオールド・タイマーたちにとって肝要なのは、ソブラエティを得たころにやったことの上に胡坐(あぐら)をかいて自慢話をするのではなく、今日全てのことに全ての原理を実践し続ける意欲である。

しかし、私たちは変えること、改めて献身することの必要性を認識しなければならない。過去の成果に満足し、疑問を持たないことこそが、最大の敵だ。もし私たち回復したアディクトの共同体が現在の路線を修正しようとしないならば、結果は目に見えている。キリスト教会が2000年かけて証明したことを、私たちは1世紀も経たずに証明することになる:人間の組織として最高のものさえ、時間の経過とともに劣化する;霊的共同体の規模が大きくなるほど、基本原理はないがしろにされ、当初の目的と実践はますます放棄されるようになる。

私はAAに救われた。変革のためのビジョンと謙遜を私たちが持てることを願っている。もし望むならできるはずだ。このことは確かだ:12ステップは、最初に書かれた時と同様に今現在も、インスピレーショナルで、効果的で、妥協のないもので、実践的なものである。他のものがどれほど廃れようと、12ステップが色褪せることはない。

 

Translated by Aya

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