3種類のアノニミティ アノニミティ伝統の当初の目的とこれまでの実践 Tom P. Jr.
3種類のアノニミティ
アノニミティ伝統の当初の目的とこれまでの実践
ボブEは1984年に死去するまで、アルコホリクス・アノニマスの長老で、ソブラエティを長期にわたって維持していた。AAに11番目に入ったメンバーだった。オハイオ州アクロンに住んでいて、そこで1936年にAAに初めて参加した。当時、「アノニミティ」は「無名性（詳しい個人情報を明かさないこと）」だと一般に理解されていた。現在の一般社会の理解では、「アノニミティ」は「顔を出さないこと」に近い。
ボブEの死の直前、彼はオール・アディクツ・アノニマス(AAA)ニューヨーク州グループの仲間と分かち合いをし、彼がAAに入ったばかりのころの様子を語った：
私は一度もミーティングの司会をしたことはない（ドクター・ボブも一度もない。アルコホリクス・アノニマスの共同創設者であるビル・ウィルソンとドクター・ボブ・スミスは既に亡くなっているので、彼らのフルネームが公刊物に出てくるのはアノニミティの伝統を破ることにはならない）。マイクを持ってしゃべったこともない。私たちはただ、輪になって座った。最初の祈り、そして聖書朗読の後、静かな時間を持った。何を言うべきか、ガイダンスを求めて静かに祈った。その後、一人一人、順番に話した。必要な助けを求めたり、悩んでいることを話したり、何でも心にあることを話した。全員が話した後、お知らせがあり、それから手を取り合って主の祈りを唱えた。拍手というものはなかった。ああいう場所では、拍手はそぐわなかった。
おとなしくしていなければいけないというわけでもなかった。皆、ユーモアにあふれていたが、私たちにとって、回復とは生きるか死ぬかの重大なことだった。メンバーは皆ビジネスマンだったが、底つきをして、元の仕事、社会生活に戻りたいと願っていた。
最初の5年間、毎晩誰かの家に集まった。私たちは真剣だった。大切な人生のために支えあった。失敗はできないという気持ちだったので、最初のころはグループの発展はゆっくりだった。だが、このプログラムに参加しているアルコホリクは他のアルコホリクを助けられること、プログラムをやっていない人にはそれができないことが明らかになった。
今、AAミーティングの多くはかつてとはだいぶ違う。当初は、厳格に真剣にやることが絶対的に必要だった。ドクター・ボブがまさにそうだった。ぶっきらぼうで、厳しかった。彼は常に、プログラムはやるかやらないかどちらかしかない、というスタンスだった。ドクター・ボブと妻のアニーは素晴らしい人たちだった（アニーは1949年に亡くなった。ボブは1950年に癌で亡くなった。自身が癌だということを長い間知っていた。）。彼は聖書を熱心に学び、毎晩、日付が変わるまで読んでいた。その最初のグループで、ドクター・ボブが何を読むかを決め、役割分担を決め、あらゆる重要なことを決めた（私はグループで最初の書記となり、翌年議長になった）。まず、グループに参加するには誰でも、完全な降伏をしなければならなかった。誰も躊躇せずにそうした。私たちは、100%、プログラムを完全に実践した。
4つの絶対にしたがって自分自身を毎日確認することが重視された。4つの絶対とは、絶対の正直、絶対の純潔、絶対の無私、絶対の愛である。12ステップは4つの絶対から生まれた（4つの絶対は現在でもアクロンのAAでは広く使われている。4つの絶対は、12ステップよりも頻繁に言及される。）。
当時私たちはミーティングで自分が飲んでいた時の話はしなかった。その話をする必要がなかった。スポンサーとドクター・ボブが詳しい経緯をわかっていた。はっきり言って、メンバーの過去がどうだったかということを私たちが知る必要がないと皆考えていた。私たちはアノニマス（詳しい個人情報を明かさない。どこの誰かを特定しない）で、私たちの過去や暮らしぶりもアノニマスだった。それに、飲酒でどうなったかという話などは、全員が経験済みでわざわざ聞く必要のない話なのだ。私たちが知りたかったのは、どうやって飲酒をやめ、やめ続けるかという話なのだ。
ビル・ウィルソンは、AAメンバーがミーティングで話をする時、持ち時間の少なくとも半分を、自分がどのようにアルコホリクになったのかという話、いわゆる「アルコホリクの資格があることを証明する話」に費やすことを好んだ。ビルは温かく親しみやすい人柄で、彼のやり方のおかげでたくさんの人が集まったし、AAは世界中の何千人もの人たちを救う規模に成長した。このことは彼に感謝しなければならない。
「アルコホリクの資格があることを証明する話」をするのが始まった時、私たちは困惑し、慣れるまでに時間がかかった。ある時、キング・スクールでミーティングをしていた時、クリーブランドの人たちがやってきて、この手の自分がいかにアルコホリクかという話をしたが、ひどい内容だった。彼らは拍手をして、非常に騒がしかった。私たちにとっては奇妙であり不快だった。ビルが積極的にこうしたやり方を採り入れたので、私たちは徐々に受け入れるようになった。だが、飲んでいた時の話に皆が興奮し、その話が過剰にセンセーショナルで胸くそ悪いものになるのは、私たちにはどうしても受け入れがたかった。
アルコホリクス・アノニマスの書籍、いわゆるビッグブックが出版された時、ニューヨークの倉庫にあるその本を宣伝するお金が私たちにはなかった。サタデー・イブニング・ポストに1941年3月にジャック・アレクサンダーの記事が掲載されたことで、ビッグブックは急速に売れるようになった。そしてアルコホリクス・アノニマスの名前が定着していった。それまでは、自分たちのことをただ単に「クリスチャン・フェローシップ」と呼んでいた。
AA初期のこの説明で注目すべきことがある。それはすなわち、回復の原理を再優先させることを強調したゆるぎない霊性だ。
アルコホリクス・アノニマスの12番目の伝統は、「アノニミティは私たちの伝統全体の霊的な基礎である。それは各個人よりも原理を優先すべきことを、つねに私たちに思い起こさせるものである」と言っている。11番目の伝統は「活字、電波、映像の分野では、私たちはつねに個人名を伏せる必要がある」となっている。さらにAAの人々は、メンバーがアルコール依存症であるという事実やAAのメンバーであるということを仲間以外の人には言わないことで、メンバーのアノニミティを守るということになっている。アノニミティの伝統は、アルコール依存症やAAのメンバーシップについて自分が話したいと思う人と話すことを妨げるものではない。それは、その話の内容がフルネーム付きで印刷物やその他のメディアに掲載されないという条件付きでの話である。この記事でもボブEと表現しているように、自分のファーストネームと姓のイニシャルのみなら、それがAAの印刷物に使われても問題はない。
現在、アノニミティはAAのなかでこのように理解されている。だが、なぜアノニミティという伝統が生じたのだろうか？なぜアノニミティが強調されるのだろうか？
ボブEの話から、アノニミティの主な機能がわかる。ニューカマーの個人情報を保護するというものだ。ニューカマーというのは、自分の過去を恥じており、自分の見通しが立っていなくて不安定である。つまり、自分がアディクションを永久にやめられるかどうかわかっていない。ニューカマーはAAのミーティングで、アルコール依存症に理解のないよその人たちに自分の話が漏れる心配なしに自分の問題をオープンに話すことができる。
『12のステップと12の伝統』のなかでビル・ウィルソンは以下のように言っている「最初に名前を明かさないという方針が生まれたのは信頼からではなかった。それは、初期のころ私たちが抱いていた不安の産物だった。最初の無名のAAグループは、秘密結社だった」。さらにビルは続けてこう述べている。「秘密結社になってはいけないことは成長とともに明らかになった」。
AAが拡大したから「秘密結社」の状態ではいられなくなったこと以外にも、アノニミティについては背景がある。アノニミティの実践には、別のもっと高次元の理由が原則としてあることが、AAの経験からわかっている。ニューカマーがアノニマスでいたいと希望する理由は恐れである。しかし、より高次元の理由とは謙遜である。神の慈悲によって与えられたプログラムを個人の業績や手柄にすべきではないという謙遜である。この謙遜こそが、回復したAAメンバーが意識的にアノニマスであり続ける理由である。
回復の初期にあり、まだ不安定な人たちが、自分の過去や状況を知られたくないという恐れを持つのは理解できる。メンバーが不安や罪悪感の理由のみでアノニミティに逃避するのであっても、アノニミティを享受する権利はメンバーにあるのだとAAは理解を示してきたし、またこれはAAの賢明さでもある。
しかしAAでの回復が安定するにつれ、あるいは（同じことを言葉を換えて言うなら）、アディクションをやめているメンバーが霊的に目覚めるにつれて、恐れはアノニミティの動機ではなくなるはずである。もし、１年かそれ以上のソブラエティがある人が、家族や友人、仕事の関係者に自分の過去の過ちが「バレる」のを恐れて自分の回復の経験を自由かつオープンに語りたがらないならば、問題である。アルコホリクがアノニミティに固執し、それが固定化してしまうと、十分な奉仕ができず、適切な人間関係も築けない状態になってしまう。アノニミティの成熟した実践から得られる喜びを体験することができない。
霊的に目覚めた人が神を第一とし、自分のエゴを神に服従させ、無私無欲な行いを意識的にする時にのみ、アノニミティは真に利他的で霊的な原理となる。成熟したアノニミティとは、断酒したアルコホリクが、回復を自分の手柄のように語らない、自慢したり、ひけらかしたりもしない、ということである。AAができる前には、こういうことをしていた人たちはほとんど再びアディクションに戻って飲酒してしまっていた。この高次元のアノニミティは、誘惑に対して治療のように作用する効果がある。誘惑とは、創設者、カリスマ、リーダーなどというように個人を強調するもので、組織にはよくあるものだ。これは神のみに依存すべきという原則に反するものである。
人類は長い歴史のなかで普遍的な霊的伝統をつちかってきた。この歴史的過程において、個人よりも原理を優先させるべきという考えが生まれ、アノニミティは登場したのである。中世ヨーロッパの壮麗なカテドラルを設計し建設した職人たちの名前はほとんど知られておらず、アノニマスである。スフィンクスや巨大ピラミッドを建造した天才的な古代エジプト人もまた無名である。
人類の傑作と言われる霊的書物の多くも作者が未確定で、色々と学者の間で議論されている。イリアス、オデュッセイア、モーセ五書、詩編、道徳経、旧約聖書の知恵の五書、新約聖書の福音書、パウロ書簡などが代表的なものであり、ウィリアム・シェークスピアの作品でさえもそうだ。
作者が誰かということが議論の焦点になるが、それは無意味である。彼らはみなその偉大な作品を自分のものだと主張しようとは少しも思わず、神の真実を伝えることだけに専心していた。
シェイクスピア自身が彼の作とされるものを書き、ホメロスという人がイリアスとオデュッセイアを実際に創作し、ヨハネの名を関する福音書は現実にはキリストが愛した弟子が書いたという推論は多分あたっているのだろう。重要なのは、歴史研究によって、誰が作者なのかという論争に決着がつくことはない、ということだ。なぜなら、作者たちはみなアノニマスであったからだ。彼らは霊的原理を伝えることにのみ関心があり、自分個人の名前を残そうとは少しも思っていなかった。
現代の最も重要な霊的書物の作者はアノニマスである。『巡礼の道(The Way of a
Pilgrim)』は反復的祈祷に関する不可欠の書物であり、東洋と西洋の霊的指導者たちは、その祈りは現代の生活にとてもよく合っていると言っている。この書物はギリシアのアトス山で100年近く前にはじまった。作者はロシアの巡礼者で、無名であることを選んだ。
アルコホリクス・アノニマスの草創期には、神の働きに真摯に参加することと、エゴを捨てることが、一組のものとして実践されていた。AAの創設者たちは、希望のメッセージを他の苦しんでいるアルコホリクたちに運ぶことに没頭していたので、数年間は彼らの集まりに名前をつける暇さえなかったのだ！
AAができてからアノニミティ概念はさらに変遷し、3種類のアノニミティというものが現在ある。それらは全く違う性質を持っている。それらは、劣等感のアノニミティ、平凡なアノニミティ、優れたアノニミティである。これらのうちのふたつはAAが伝統とするアノニミティであり、もうひとつはAAの伝統ではない。
劣等感のアノニミティには何の技術もいらない。過去に恥ずべきことをやったことがある人なら誰でも、それについて名前を伏せておきたいと思うものだ。AAのニューカマーはこの点を非常に不安に思うので、彼らはこの種のアノニミティを非常にありがたく思う。それは実際良いことである。しかし同時に、劣等感のアノニミティは醜悪で受け入れがたい側面もあることを認めなくてはならない。それは多くの場合、違法なことや暴力的なおこないを隠す手段になる。強盗、テロリスト、強姦者、殺人者というのは顔を隠して犯罪をおこなうことが多い。あるいは、自分の犯罪行為が裁きをうけないために、個人が特定されないようにしようとする。この種のアノニミティは明らかに人類に対する悪であり、まったく良い点などない。
平凡なアノニミティには悪の要素はないが、このやり方を特に積極的に進めるという理由もない。世の中の大半の人は、好むと好まざるとにかかわらず、このアノニミティを実践している状態である。彼らの人生はそこそこで、すごく良いわけでもないが、すごく悪い人でもない。身近な家族・友人以外には知られることもなく生きて死んでいく。AAにたどり着いた人は平凡以下の人生に既に転落してしまっているので、この平凡なアノニミティにはあまり関係がない。
優れたアノニミティは希少なものである。それは、自分個人の名声を高めたいという俗っぽい要求を捨てた、素晴らしいものを手にした人たちのみが知っている境地である。そしてこれこそが、アノニマスであることを選んだ偉大な霊的書物の作者たちの境地である。ある大学が、ビル・ウィルソンは人類への偉大な貢献をしたとして彼に名誉学位を授与しようとしたが、ビルはそれを断った。これが優れたアノニミティの実践である。歴史上には、直接的な経験で神を理解するという偉業を成し遂げたが、名前を知られることもなかった数多くの無名の人々がいた。彼らは、皆この境地にたどり着いていたのだ。（聖人というのは、世界的に有名な人たちであるが、神が選んだ人たちの中のごく少数の人たちで、神と一般の人との懸け橋になるよう特に召されたと言われている。）
優れたアノニミティはまた、そういうことには縁がなさそうであった人たちが実践することもある。もとはひどい生活を送っていたが、霊的な転換を遂げた人たちである。聖書の時代では、それらは徴税人、売春婦、悪魔に憑りつかれた人などだった。現代では、それはあらゆる種類の強迫観念に憑りつかれた絶望的な奴隷状態だったが、霊的原理を実践して回復した人たちだ。
こういう人たちのアノニミティが優れたアノニミティであり、この種のアノニミティだけが人の人生を神聖なものにする力を持っている。霊的目覚めを助け、神との意識的な触れ合いを促進させる。
この優れたアノニミティは、自我を後退させ、神を中心とする生き方を持続させる。自我は舞台の袖で適切に脇役となることで、創造主の支配のうちに喜びを分かち合い、自分の与えられた奉仕を喜んでおこない、「自分」という重荷から解放され、自己を主張しようという有害なおこないからも解放されるのだ。
この最上級のアノニミティは、AAが残したかけがえのない財産である。そのように素晴らしいものなのであるから、私たちはこれを注意深く守らなければならないが、これは、単に私たちの名前を秘密にしておくだけで達成できるわけではない。仲間内であっても、あるいは「活字、電波、映像」を使わなくても、回復の原理よりも個人を優先させてアノニミティの伝統を破ることはある。
例えば、スピーカー・ミーティングは、間違いなくAAで大事な機能を果たしている。断酒しているAAメンバーがグループの前に出てきて、自分が飲酒していた過去を話すと、その人とアルコホリクの聴衆との間には共感が生まれ、それに癒しの効果がある。
しかし、スピーカーは誘惑にかられる。特に話の上手なスピーカーは、話をおもしろくしようとして、飲酒の話を大げさに話し、逆に4つの絶対や12のステップといったAAAの生き方の原理の話はあまりしない、という誘惑にかられる。同様に、聴く側のメンバーも、スピーカーの話を聴くばかりで、自分自身の生き方の問題をどうするかや、回復の原理がどのように問題解決の手助けになるかを真剣に話し合うことを怠るという誘惑にかられる。
特にこういう問題が起きるのは、AAの大会、スピーカー・ミーティングであり、これらは過去50年の間にAAのなかで非常に人気のあるものとなった。AAの大会は間違いなく、AAの力と連帯を確認するために重要な役割を担っている。しかしAAの大会でスピーカーたちは大体いつも、飲酒していた時の話をおもしろおかしく語るばかりで、より役に立つ回復の原理の話はほとんどしない。彼らは、原理の話よりも彼ら個人に注目を集めてしまい、それは彼ら自身にとっても聴衆にとっても良くないことである。こういうことが起きている時はアノニミティの精神は守られていないのであり、グループ全体が被害を受けているのである。
AA初期のグループが実践していた方法にしたがうならば、AAAメンバーとしての私たちのソブラエティの質とアノニマスの集団全体としての霊的健全さは担保される。回復と生き方の転換というのは、4つの絶対と12のステップに体現される原理を全身全霊で真摯に実践しようとするアノニマスの人たちの小さな集まりの中でこそ実現されるということを、70年以上前にAA初期のメンバーたちは証明している。