Strong AAシリーズ その1. グレシャムの法則とアルコホリクス・アノニマス, 1976年, Tom P. Jr. 全訳

訳者注: 本エッセイの英語原文は、北米AAAウェブサイトで販売しています。したがって本サイトには掲載しません。日本語訳は、北米AAAの許可を得て、翻訳・掲載しています。

ビッグブック第5章の表現がどれほど断定的・指示的であるかを正確に理解するには、ビッグブック英語原文を参照してください。



「悪貨は良貨を駆逐する」というグレシャムの法則は、12ステップ・プログラムの実践においても当てはまる。プログラムを弱いやり方で実践する人は、強いやり方で実践する人たちを駆逐することがよくある。

 

グレシャムの法則とアルコホリクス・アノニマス

 

トム P. Jr.  1976年

 

オール・アディクツ・アノミマスでは、ストロング・プログラムを実践している。ミディアム・プログラムをやる余地を完全に排除してはいないが、ウィーク・プログラムの実践は全く受け入れていない。

 

12ステップ・プログラムを実践する方法は3つある。(1ストロング:強い、オリジナルのやり方。強力な効果があり、かつ有効性は信頼できることが証明されている。(2)ミディアム:そこそこのやり方。それほど強くもなく、それほど安全でもなく、それほど確実でもなく、それほど良くもないが、まあまあ効果はある。そして(3)ウィーク:全く効果がないことがわかっており、文字通り異端で、嘘の教え、アルコホリクス・アノニマスの創始者たちが明確に定義したプログラムを歪曲し、堕落させたもの。

私はAAのオールド・タイマーとして、AAの回復プランである12ステップに設計されている簡明さ、実用性、深い思想に今なお畏怖を抱いている。

最近、AAのある友人が、ステップに体現されている霊的原理を、適切かつ簡潔に、以下のように要約した。

1.       無力であることを認める

2.       ハイヤー・パワーへの信頼

3.       神への完全な服従

4.       道徳的な棚卸し

5.       私たちの過ちの本質をありのままに認める

6.       徹底的な変化へのコミットメント

7.       完全性を求める祈り

8.       過ちを正すことへの徹底的な意欲

9.       機会あるたびに過ちを正す

10.   棚卸しを続ける

11.   神との意識的な触れ合いを深めるための祈りと黙想

12.   霊的目覚め、メッセージの伝道、私たちの人生のすべての場面におけるこれらの原理の実践

 

ステップをこのように要約すると、その目的は、普通の状態に戻ることではなく、完全な霊的生まれ変わりを目指していることがはっきりわかる。つまり、その日一日を神との意識的な触れ合いの中で生きるということである。この生き方の変革は何とも壮大な構想で、これはかつては相当重症だったアルコホリクによって1939年に書かれた。その人は、当時は無名で、正式に設立されたわけでもなかった100人の更生したアルコホリクたちの集まりを代表していた。このアルコホリクたちの多くは、当時はアルコホリズムからの回復の初期段階にいまだあった。

12ステップは完全性を目指すものでありながら、とても平易な言葉で、AAビッグブックの第5章にわかりやすく説明されている。したがって、誰でも実践することができる。ここにその画期性がある。実践の前に、すでに生き方が浄化されているという必要や、事前の学習の必要がないのだ。自分が完全に敗北したと認めることと、変わりたいという心からの願いだけでいいのだ。

通常の心理学の定理では、不調な時は目標を低く定めて、成果を少しだけあげて良い効果を得ようとするが、12ステップでは違う。一般の心理学ならば、初期AAメンバーたちには、断酒することと飲め始める前の普通の人としての生活に戻ることだけを目指すプログラムをやるべきだ、と助言したことだろう。しかし、野心的で無知な初期AAメンバーたちは、心理学など知るわけもなく、まだ断酒したばかりでありながら、全面的に神に依存した。

ビッグブックの著者たちは、彼らの神中心の、心理学的にはご法度である急進的な回復プランは、ニューカマーたちに衝撃を与えるとわかっていた。彼らは、ニューカマーたちにメッセージを伝えようとしていたので、この劇薬にちょっと甘みを加え、易しくした。それはビッグブックの2か所にみられる。まず、第5章の12ステップの記述の直後に、以下の甘ったれた言い訳を挿入した。

 

「何ていう要求なんだ!とてもじゃないがやり通せるものではない!」と、私たちの多くが叫んだ。でもがっかりしないでほしい。私たちの誰一人として、これらの原理を完全に実行できたという人はいないのだ。私たちは聖人ではない。大切なのは、私たちが霊的な路線に沿って成長したいと願っていることである。ここに掲げた原理は成長への道標だ。私たちは霊的な完成をではなく、霊的な成長を求めているのである。

 

この短い段落はなかなかの名文だ。特に「私たちは聖人ではない。」という部分はそうだ。これによって、何千人もの、今いちピンと来ていないAAメンバーたち(私自身もそうだった)が、ステップにしたがって霊的完全性という何だかよくわからない方向へ足を踏み入れたことをあまり不安に思わなくなった。

私たちの多くは、ステップの本当の意味を知らないまま実践し始めた。すぐに効果を体験した。ステップによって断酒し、やめる続けることができた。実用性で言うなら、それこそが重要だった。ソブラエティさえあればそれで良かったので、なぜステップが有効なのかという議論は、アルコホリクではない理論家たちに任せた。その人たちは、もし研究が混乱して間違った結論を導いたとしても、生活が破綻することがないからだ。

ビルとドクター・ボブは、ニューカマーが12ステップの霊的厳格さと威力におびえないよう、2つ目の工作をした(甘やかし その2)。彼らは、ステップは指示というよりも、提案だとした。ビッグブックの第5章でステップを紹介する文章はこうなっている:「次に、私たちが踏んだステップを示す。回復のプログラムとして示されて[原語:提案されて]いるものである。」この考え方は、ビッグブックが初めて出版されて以来ずっと、AA運動の全期間にわたって大変歓迎された。私たち酒飲みは、何かをしろと言われるのを嫌う。この甘やかしその2は、ステップを自分のペースで、自分の好きなようにやる自由を与えた。この自由はAAメンバーたちに大変好まれ、すぐに広まった。

ステップを安楽な方法でやった結果がどうなったかを見る前に、注目しておきたいことがある。AAは、ステップが書籍として書かれる以前にすでに丸4年間活動していた。この期間、プログラムは存在した。そのプログラムでアルコホリクたちは断酒した。そのプログラムは2つの部分で構成されていた:口伝えによる6ステップのプログラム、そして4つの絶対である。4つの絶対とは、絶対の正直、絶対の純潔、絶対の無私、絶対の愛であり、福音主義派のキリスト教運動であるオックスフォード・グループが使っていたものである。AAはオックスフォード・グループから生まれ、4つの絶対を借りた。『AA成年に達する』によれば、口伝えによる6ステップのプログラムとは、AAの草創期に使われていたもので、以下である:1. アルコールに対し無力であることを認めた。2. 私たちの欠点や罪の道徳的棚卸しをおこなった。3. 秘密が守られる形で、他人に自分の欠点を告白し、わかちあいをした。4. 私たちの飲酒によって害を与えた人すべてに償いをおこなった。5. 金銭や名誉の見返りを求めず、他のアルコホリクたちを助けることに努めた。6. 自分の信じる神に、これらの教えを実践する力を求めて祈った。

AA初期(1935-1939)においては、提案というような話はなかった。初期メンバーたちは皆、プログラムの基本は、指示であり、絶対に避けては通れないものと認識しており、そのようにニューカマーたちに伝えた。

ビルが12ステップを形づくった時、彼自身も、ステップは指示であり提案ではないと確信していた。ステップを提案として示そうという考えが出てきたとき、ビルは明確に反対した。しかし最終的に、仕方なく、ビルは「提案」というアプローチに同意した。『AA成年に達する』によれば、彼はこの譲歩があったために、多数のAAたちが集まりに参加したと認めている。もしこの譲歩がなければ、この人たちはAAを拒絶し、飲酒に戻っていただろう。

ビルは賢明な人物であり、非建設的な議論をしようとはしなかった。実際に譲歩を実行した後、12ステップを提案という形で示すということについて、ビルは公けの場で語っていた以上に内心は忸怩たる思いがあったのではないかと考えずにはいられない。ビッグブックの第5章にある12ステップを紹介する文章は、行動の指示に対する序文としてはまったく適切な表現であるが、提案の紹介としてはしっくりこない。第5章の始まりは以下のようであり、妥協をしていないキーワードと文章を斜体で示す。

 

私たちが進んだ道を同じように徹底してたどって、それでも回復できなかった人を、ほとんど知らない。たしかに、この簡単なプログラムに自分を完全にゆだねられない、あるいはゆだねたくない、自分に正直になることがどうしても不可能な体質の人はまれにいる。そういう不幸はその人の責任ではないので、生まれつきとでも言おうか。きびしい正直さが必要な生き方をとらえ、その生き方を伸ばし育てていくことができない、回復する率が平均までいかない人たちである。また情緒に障害があったり、精神が病んでいる人もいるが、自分に正直になる能力さえあれば、彼らもほとんど回復する。

私たちは、自分たちがいつもどんなふうだったか、そして何が起こって、いまどうなっているのか、おおよそのところをはっきりさせる。あなたが、私たちの持っているものを欲しいと思い、それを手に入れるためなら何でもするという気持ちになったのなら、あなたはもうステップを着実に踏む準備ができたのだ。

私たちは、これらのステップの途中で立ち止まっては、もっとやさしい楽なやり方が見つかるかもしれないと考えた。だが見つからなかった。最初から思い切って、徹底してやるように、私たちは心からお願いしたい。私たちのなかには、自分の古い考えにしがみつこうとしている仲間もいたが、完全にその考えを捨てないうちは結果は何も生まれなかった。

私たちが相手にしているのはアルコール ―巧妙で、不可解で、強力なもの― であることを、忘れないでほしい。それは、助けなしには手に余るものなのだ。だがここに一つどんな力でも持っているものがある。それは神である。あなたがいま、神を見つけ出しますように!

中途半端ではどこにも行き着けなかった。私たちは転機に立たされていた。私たちは思いきって神に保護と配慮を願った。次に私たちが踏んだステップを示す。

 

ビルは譲歩したやり方を完全に受け入れてしまったが、彼が当初抱いた不安は、のちのちその通りになってしまった。当時はしかしながら、この寛大な、提案に過ぎないというアプローチが、AA運動にとって悪いことになるという予想はされなかった。

ビッグブック執筆中の1938年と1939年、集まりには100人の断酒していたメンバーがいた。1945年までに、AAで活動しているメンバーの数は13,000人になった。この爆発的増加の主な原因はプログラム、つまりステップであり、それは大勝利を収めた定理だった。効果があり、世の中には多大なニーズがあった。アメリカは酒飲みだらけで、アルコホリクがうじゃうじゃいた。

AAに関する好意的なメディア報道も、メンバー急増の主な要因のひとつであった。1939年の秋にはクリーブランドのプレイン・ディーラーに、AAに関する一連の好意的な記事が掲載された。これによって、クリーブランド地域では新しいAAメンバーが急増した。急激な増加という目に見える成果があったので、AAがさらに大きな運動になることが予想された。

この時期の一連の出来事には目を見張るものがあった。ビッグブックは1939年の4月に出版され、ステップは提案にすぎないというアプローチは、この時に初めて広められた。プレイン・ディーラーに記事が掲載された数か月後、クリーブランドのAAメンバーたちのもとには、かつてないほどの規模で新しい人たちが押し寄せてきた。全ての原理は全てのメンバーによって全ての時に実践されなければならないという考えを薄めることが、急に魅力的に思われた。AAの集まりが小さく、互いの距離がもっと近かった時期にはこんなことはなかった。ステップは提案にすぎないという考え方は、ますます強調されていった。この時、そしてこの一連の状況のなかで、「カフェテリア・スタイル」と呼ばれる、自分の好きなものだけをとって、そうでないものはとらない、という12ステップへのアプローチが実践されるようになった。

そしてそれは効果があるように思われた。AA初期には、プログラムの全体を完全に徹底的に実践しなければ死ぬと考えられていたのだが、そうすることなし、たくさんのニューカマーが断酒し、断酒を継続できるということがわかった。実際、かなりの数のアルコホリクたちが、無力を認め、他のアルコホリクたちをちょっと助け、AAミーティングに定期的に参加するだけで、断酒し続けることができた。

全てのAAメンバーが、12ステップに対するこの極度に寛容なアプローチをとったというわけではない。多くのメンバーが、プログラムを完全に実践するというオリジナルのやり方を選び続けた。しかしこの時初めて、あまり厳格でないやり方を自由に加工してつくるという手段が広まり、時間が経つにつれてますます宣伝されていった。

最初のうちは、それは純粋に良いことのように思われた。いずれにしても、12ステップのすべてを積極的に実践することを選んだ人たちには、いつでもそれを選択する自由があったからだ。一部の、あるいは二つ三つのステップだけをやることを選んだ人たちも、断酒し続けられた。AAはますます多くのメンバーを惹きつけ、ますます評判が高まっていった。1941年、ジャック・アレクサンダーのアルコホリクス・アノニマスに関する記事がサタデー・イブニング・ポストに掲載された。AAメンバーはこの時、2,000人に達していた。これから9か月のうちに、400倍になった!

1941年(私の父、トムPが集まりに参加した年)までに、AAプログラムには3種類のやり方がみられるようになった。それらを私たちは、ストロング・ティー(強いお茶)、ミディアム・ティー(そこそこの強さのお茶)、ウィーク・ティー(弱いお茶)のやり方と名付けた。ストロングAAとは、オリジナルの、薄められていない霊的原理である。ストロングAAたちは、12ステップすべてを実践し、そして実践し続けた。彼らはアルコールに対する無力を認めるだけでは終わらなかった。彼らは続けて、ただちに自分の意志と生き方を神の配慮に委ねた。すべてのことに厳しい正直さを実践し始めた。あまり時間を置かずに、道徳的な棚卸しへと進んだ。少なくとも一人の他者に自分の過ちを全て認めた。それらの過ちについて、可能な時は、建設的で実質的な償いの行動をとる。棚卸し、過ちを認め、償いをすることを定期的におこない続ける。毎日、祈り黙想する。毎週、2回かそれ以上AAミーティングに行く。ステップ12を積極的におこない、AAのメッセージを困っている人たちに伝える。

ミディアムAAたちは、最初の勢いはストロングAAと同じくらい良いのだが、プログラムのうち、おそれを感じるものや嫌なものは、避けたり後回しにしたりした。例えば、神に関するステップ、棚卸しのステップなどで、不安を感じるステップや、嫌いなステップは一人一人異なる。しかし、しばらく断酒した後、ミディアムAAたちは安心して、こんな感じのプログラムに落ち着くようになる:週1AAミーティングに行く。ステップ12は時々やる(時が経つにつれて、「新しい仲間たち」にこれをどんどんやらせる)。ステップの実践はちょっとやる(だが、以前ほどではない)。棚卸しは徐々に減っていく(彼ら自身が「品行方正」になるほどに)。祈りと黙想はちょっとやるが、もはや毎日ではない(仕事の都合、つきあい、社会人としての普通の生活に戻ったことでやらなければならないことがあるので、「時間がない」)。

ウィークAAたちには、様々な種類がいる。ウィークなやり方の典型はどこでも同じで、プログラムのほとんどを、まったく、永久に、やらないということだ。それは神に関するステップだったり、あるいは棚卸しのステップだったり、あるいは両方ともだったりする。ウィークAAたちは、こんな風に言う:「断酒し続けるためにやらなければいけないことは、ミーティングに行き、最初の一杯に手を出さないことだ」。断酒に成功したウィークAAのほとんどは、かなり熱心なミーティング信者だ。ミーティングというのは、原理とはほとんど関係がないので、彼らのソブラエティと生存はAAの人たちとの継続的な関わりに依存することになる。しかし、ストロングAAやミディアムAAたちは、それほどの必要はない。

事実はこうだ。ストロング・ティーのメンバーだけが、ビッグブックに示されている通りに、プログラムを実践していた。ミディアムとウィークAAたちは、AAメンバーとして、自分の好きなように原理を実践する権利がもちろんある(ほとんど、あるいはまったくやらないという権利もある)。ステップは「提案に過ぎない」のだから。しかしなお、初期のメンバーたちがやった方法、ビッグブックに記述されている方法、これこそがストロング・ティーなのだ。

ミディアムなやり方は、AAの回復の過程において、まだ居場所があったし、今もなおある。なぜなら、それは、やる気がなかなかおきないビギナーたちのための一時的な段階として使われうるからである。ミディアム・ティーのやり方は、最初はストロングなやり方には気が進まなかった人が、アルコホリクス・アノニマスの交わりのなかで足場を固めるためには有効だ。

しかし、ミディアムAAは、危険な落とし穴でもあり、実際かなりの人がそれに陥っている。

ミディアムAAのやり方は、AAメンバーが永久に落ち着く場所ではない。ミディアムAAをあまりに長く続けていると、ストロングAAにステップアップする段階を逃してしまうし、また、ウィークAAに落ちてしまう。

ウィークAAには、ミディアムAAのようなマシな点はなにもない。ウィークAAはビッグブックに示されたプログラムとは全く相いれない。ウィークAAは、重要な回復の原理を実践することをきっぱりと拒絶する。ウィークAAは、12ステップのほとんどから逃げ、そして逃げ続ける。ウィークAAは、プログラムがプログラムとして成立しないほどまでに薄めてしまう。こうした「ウィークAA」のやり方をより包括的に、正確に表現するならば、「逃避・希釈型AA」といえる。


Translated by Aya F.

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